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「オランダ、アムステルダムの集合住宅」
〜現代建築の宝庫より〜
第4回:オランダ最終編
藍谷 鋼一郎 建築家
 

アムステルダムの新都市構想は、市街地を一周する環状高速道路沿いに計画されている。中央駅を中心に、運河と街区が、放射状に発達した都市では、この環状高速道路(リング・ロード)が市街地と郊外の境界線ともなっている。そして、ビジネスセンターなどの新副都心、郊外型新しいショッピング・センターなどは、このリングを沿うように発達している。

オランダで活躍する日本人建築家、吉良森子女史を訪ねる
吉良さんのオフィスにて
日蘭友好400年事業シーボルトハウス、オランダ首相官邸設計中の日本人建築家、吉良森子女史のアトリエ(http://www.morikokira.nl/)を訪ね、オランダ建築の傾向や、都市開発の潮流についての話を伺った。吉良さんによると、斬新なデザインが世界的に注目されるオランダ建築も、一般レベルでは、必ずしもそうでないと言うことだ。実際、吉良さんが手掛けた物件には、三角形の屋根を絶対つけて欲しいと繰り返し要求されたものもあるそうだ。三角の切妻屋根と言えば、一戸建て住宅、『家』の典型的なイメージで、前衛的なデザインからは、全くかけ離れている。吉良さんに、アムステルダムで興味深い住宅開発について尋ねてみると、 ベルマミーアという広大な住宅団地、そして、新しいニュータウン「アルメーラ」を教えてくれた。
Bijlmermeer(ベルマミーア)
日本のニュータウンのような風景
コミュニティーセンター
住棟の1階部分。旅行代理店が入っていた
歩者分離が「都市の死角」をつくってしまった。人影もまばら

環状線を南部に下ると、デザイン重視のオランダの風景には、似つかわしくない無機的なコンクリートのアパート群を発見する。噂通り、なんとなく閑散とした人気のない雰囲気が漂っている。このプロジェクトは、当初、近代建築の巨匠、ル・コルビジェが提唱した集合住宅を高層化することにより、緑豊かなオープンスペースを都市に作り出すという『輝く都市』をモデルに作られたはずだった。高密度で広場などオープンスペースの少ない都会の生活よりも、緑豊かな街が実現できる高層住宅に大きな期待が寄せられていたからだ。18,000軒もの住宅が供給され、そのうち13,000戸はアパートとして建設された。

しかし、1975年、南米のスリナム共和国がオランダから独立したのを契機に、大量の移民がオランダ本国にやってきた。自国の政治不安定、先行き不透明を懸念しての事だが、移民集団は、家賃の安い、アパート群に住みつきはじめた。その影響で、中流階級のオランダ人は、この地を遠ざかり、結果として、低所得者の集まる場所、黒人の住みつく場所というレッテルが張られる。しかも、アムステルダム有数の治安の悪い地域になったそうだ。そうなると、折角、作られた、緑豊かな公園は、たちまち、犯罪の温床と化した。

吉良さん自身も、サイクリング中、白昼堂々と、黒人グループに顔を殴られたそうだ。土地の有効利用という概念から始まったスーパーブロック(巨大街区)で作られたニュータウンには、歩車分離の原則が徹底されている。一見、車による事故を未然に防ぐ理想郷に思えるが、これは、『都市の死角』を随所に作る事になり、その結果、犯罪を助長させている。

今では、改善策として、歩車分離の撤廃、地区活性化の一環として、西部地区に、ビジネスセンターや、アヤックス<オランダサッカー一部リーグのホームスタジアム>などを誘致し、スラムクリアランスによる治安改善が推進されている。これは、西欧では、よくある手法で、治安の悪い地域に、大勢の人を集めるショッピング・センターやアミューズメント施設を誘致し、それを起爆剤に治安改善を行う訳だ。ヒューマンスケールを逸脱した高層アパート群は、改修、あるいは、取り壊しを行い、低層の高級集合住宅に建て替え始めている。場所のイメージを良くする事で、中産階級、あるいは、上流階級の招致を試みているそうだ。

高層住宅を取り壊し、5階建ての住宅に アヤックスのホームグラウンド
アルメーラ
 
アルメーラは、アムステルダムから東へ車で30分の場所に、アイセル湖を埋め立てて作られたニュータウンだ。中心にはオフィス街、文化施設も集約し、その周りには、集合住宅や一戸建て住宅地と、都市の機能が全て揃っている。もはや、アムステルダムのベットタウンというよりは、自立した新しい街とよぶのが相応しい。近年では、単一機能の街作りは、持続する事が難しいという結論に至っている。サステイナブル(持続可能)な街作りとは、すなわち、人が暮らす場であり、働き、遊ぶ場でもあると言う事で、そうすれば、何世代にも渡って、人の活気の絶えない街が作れると言う訳だ。そして、この街でも、ハウテンのように、自動車道は、補助的役割で、街の中の移動手段に、自転車やオートバイを利用できる専用道が作られている。またゾーン毎に、建てられる建物のデザインも多種多様で、人工的なニュータウンとは言え、自然発生的な、面白さに溢れている。現在では、それほど意味を成さなくなった運河も、人々のアメニティとして張り巡らされ、長閑な田園風景が近代都市と共存していると言えるだろう。
オランダ前衛建築の象徴『シュレーダー邸(1924年)』
 

アムステルダムからハイウェイを南に走ること約1時間、ユトレヒトには、ユネスコの世界遺産にも登録されているヘリット・トーマス・リートフェルト(1888〜1964)の設計によるシュレーダー邸*1がある。オランダの近代芸術運動(デ・スティル派)を代表する建築で、オランダに行くなら、是非とも訪れたい建築の一つだ。一見、ピエト・モンドリアン*2の幾何学的な抽象画を想起させる住宅には、リートフェルトの家具デザイナーとしての才能が散りばめられている。興味深いのは、この一軒家には、施主であるシュレーダー夫人と、その3人の娘、そして、リートフェルト自身が暮らしていたと言い、橋本さんは、『リートフェルトの夫人への愛がデザインの節々に見受けられる』と感想を漏らしていた。

基調となる赤、青、黄の3色に、白、グレー、黒を織り交ぜた配色に、一見、幾何学的で、機械的な構成だが、内部は、ヒューマンスケールで心地よい。さすが、家具職人出身と感嘆する。人体寸法と見事な調和を見せた建具は、家中が巨大な家具とも思えなくもない。そして、内部から外部への空間的広がり方、また、逆に、長閑な周りの風景を内部空間へと取り込む窓のバランスの良さ等、全てが、緻密な計算によって設計されている。可動間仕切りなどの建具は、用途に合わせて、柔軟に部屋の大きさを変化させることができる。まるで、忍者屋敷のようで面白い。

今でも多くの人々がシュレーダー邸を訪れる 竣工当時は異端建築として扱われたシュレーダー邸。独立建築ではなく、煉瓦造りの伝統的な集合住宅の端に、張り付くように計画された。
玄関脇にある謎の穴。ここで声を出すと、
リビングのある2階につながる。
青のベンチ
現代では、建築遺産とまで賞されるシュレーダー邸も、建設当時は、あまりにも斬新過ぎると酷評され、建築家としての評判を落としたリートフェルトが、名誉挽回のため計画したアパート群。今はシュレーダー邸保存協会の事務所として使われている。
まとめ
4日間に渡り、オランダの街を縦横に走り回った。九州と同じくらいの小さな国土の中には、 約1600万人の人が住み、人口密度は393人/km2と非常に高い。また、政策的に失業率を抑えているため、人々の生活は安定している。しかし、都心では住宅不足が社会問題になっているそうだ。それ故に、工事中を意味する『タワークレーン』を至る所で発見する。都市に聳えるタワークレーンの数が、その街の景気の良さの指標と言われるほどで、ある意味、ダイナミックな街の変貌を予感させるものがある。 よくオランダ建築・都市開発は、前衛的だと言われる。もちろん、外観に現れるデザイン要素は、現代的で、常に、新鮮だ。しかし、人間にとって快適な空間要素となる水や緑と言った『自然』、そして、建築を構成するマテリアル(素材)には、石や木、また、レンガや鉄と言った『純物質』を多用していることを見落としてはいけない。表面的なデザインの多様さの陰に隠れるようにして、こういった人間の生活を豊かにする様々な要素が巧みに取り入れられているからだ。 もともとは、定住に不向きな低湿地をダムで堰き止め、干拓して築かれた国、オランダ。人工的な国土に暮らすからこそ、自然への憧れが、都市風景のそこここに花開いていると言えるのではないだろうか。
*1)シュレーダー邸:

*2)ピエト・モンドリアン(1872〜1944) :
19世紀末〜20世紀のオランダ出身の画家 モンドリアンの作風では、特に。水平と垂直の直線のみによって分割された画面に、 赤・青・黄の三原色を用いた一連の作品群が最もよく知られている。
『赤、黄、青 のコンポジション』 1921
藍谷 鋼一郎(あいたに こういちろう)
建築家
1968年徳島県小松島市に生まれる。
九州大学工学部卒業。九大在学中から、武田設計(福岡市)、安藤忠雄建築研究所(大阪市)で、建築家としての修行を積み、見聞を拡げる為、渡米。九州大学と国際協定を結んだ米国ヴァージニア工科大学で建築デザイン修士を取得後、ボストンに移住。ウォーター=フロント=デザインの先駆者ベンジャミン=トンプソン創設の事務所で、勤務。その後、アメリカ最大手組織設計事務所、SOMに転職し、サンフランシスコ事務所勤務を経て、2001年ロンドン事務所に転勤し、現在に至る。写真撮影を趣味とし、世界各地を行脚する。
 

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